お題配布元005.着信音006.汚れないモノ
私は汚れている。
それはもう、身も心も。余すところなく。
しかし、私は自分を汚れた人間だとは思っていない。
私は汚れない。汚そうとしても、汚すことなどできない。
神話や陰陽道によれば、人間は汚れから生まれてくると言う。子を宿すには、汚れなければいけない。
私は汚れたくても汚れられない。いつまでもきれいなままだ。動物本来の役割を放棄し、歓喜と享楽のるつぼと化した私の揺籠は、男女の愛の結晶を育むことができないのだ。
そんな事実を突きつけられたのは、高校生の頃であった。
当時、私は松山の進学校に通っていた。成績優秀・文武両道・容姿端麗と、まるで絵に描いたような優等生像をひっさげて学校を闊歩していた。すれ違った男子生徒は振り向き、女子生徒は羨望と嫉妬の視線を投げつけ、教員は明らかに手を抜いた。皆が皆私に憧れていた。佐伯(さえき)柚香は、学校のアイドルだった。
三日に一回は愛を囁かれた。もちろん男子生徒だけではない。教師と生徒の一線を越えようとする者もあった。今となれば、どうしてそういう連中の手綱を握っておかなかったのだろうかと後悔する限りではあるが。当時の私はそれだけ純粋だったのである。
私は、清く正しい男女交際に憧れていた。生徒手帳で禁止された「不純異性交遊」に手を染めようなどと思ったことすらなかった。
ウブな乙女だったのである。今では考えられないが。
乙女にとって何よりも重要なのは、己の操を守り通す事。それは鉄の掟であり、守らなければならない誓い。将来、自分の隣に居る人に全てを捧げ、二人の愛を形にできればいいと夢見ていた。子供は三人欲しかった。
そう、過去形。
私にとっては、何もかもが過去形。
その現実を突きつけられた時、私は壊れた。眉目秀麗な学園のアイドルとしての地位も、優等生としての誇りも、今までに守り通してきた誓いも、何もかも意味をなさないものとなり果てた。
純情を塗り固めたような恋心で、運命の男性と大恋愛の末に結ばれたかった。夫と三人の子供に囲まれて、幸せに暮らすことを夢見ていた。そのためなら、恋の苦しみも、破瓜の痛みも耐えられるはずだった。
途方に暮れ、自暴自棄になった。
死のうと思った。
死刑宣告を聞いてから街中を当て所なく彷徨った。恐らく、幽鬼のような表情で市内を動き回っていただろう。そこで私の記憶は途切れている。気がついた時には路上に倒れていた。地面に転々と広がる血潮を見て、自分が犯された事に気がついた。引き裂かれた制服のブレザーを抱えて、静かに泣いた。
最後まで握りしめていた貞操まで失い、私はすべてを失った。
アンナが見つけてくれるまで、私は路地裏で泣いていた。