狭山天下茶屋

自由な色で描いてみよう

創作

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2012.06.23.Sat

あくまちゃん

そう言えば自分の子供に悪魔ちゃんなんて名前を付けようとして物議を醸した親御さんがいらっしゃいましたね。
名前は両親が好きに付けることができるものですが、本当に好きな名前を付けていいかというとこれはちょっと別問題です。
最近よく話題に上るDQNネーム(ちまたではキラキラネームなんて呼ぶそうですが。)何かはその典型でしょう。
そういうお名前に苦言を呈する訳ではないですが、『命名は両親からもらう最初のプレゼントだ』という言葉もあります。
なにより、子供はその名前をもらって男なら平均75年、女なら平均85年生きていくわけですから、まじめに考えてあげて欲しいなと私は思います。
もっとも、まじめに考えた結果キラキラネームになったのなら、それを責めることはできません。
そもそも他所様のお話ですので口出しするのもおかしな話ですからねぇ。
それに、今『頭おかしいだろ』と思う名前でも、キラキラネーム世代が育っていけば違和感も無くなるかもしれませんしね。

ただまぁ、キラキラネームを覚えなければならない学校の先生方はこれから大変だろうなぁ、なんてと思いますけれど(笑)
あ、私はですね。娘が生まれたら長女にかな子、次女に智絵里と付けるつもりです。ちえりちゃんまじ天使。


で、悪魔っ娘の話。


次のコミティア101にて(当選すれば)、上記小説同人を頒布いたします。新刊。久々のオフセです。

タイトル:百合リムさんの非日常
ジャンル:百合・ラブコメ・全年齢(微エロ)
当選の暁には、よろしくお願いいたします。
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2010.05.31.Mon

きつねmarriage! 05

きつねmarriage! 05 お奉り

 椎木神社が忙しない。
 普段の椎木神社では考えられないような人数。人々が詰めかけ、誰もが忙しそうに動き回っている。そんな人々の中にあって、鼻の下を伸ばした男達に囲まれた神社の巫女は、右へ左への大立ち回りだ。しめ縄の張り替えから始まり、紙垂を取り付けたと思えば野放図に伸びた御神木の手入れをして回る。屋台の準備をする的屋に指示を出し、奉られている神のための供え物を懇切丁寧に準備する。
「惨めなもんだね」
 そう言う狐は玉垣に腰掛けて、あくせく働く狸巫女を見ていた。
 周りで働く大人たちは、彼女が化け狸であることなど露とも知らないだろう。ましてや、自分たちの鎮守様と共に祭りの準備をしているなどという考えに及ぶはずもない。
「でもみんな楽しそうだね」
 狐の隣に座った悠が、働く大人達に目をやる。多忙のため気が立っている中にも、笑い声が聞こえている。見目麗しい巫女さんを中心に、笑顔の輪が広がっていた。
「そういう信仰もありなのかもしれんね……」
 仕方ない、そうつぶやいて狐は溜息をついた。
 椎木神社にて、数十年ぶりの例祭が開かれる前日のこと。



「信仰を集めて人に来て貰うにはどうすればいいでしょうかぁ……」
 古泉家を尋ねた椎木優衣は、土産に持ってきた大福を食べながら話した。子供部屋に敷かれたカーペットの上に正座し、椅子に座った古泉家の子供たちに狐を見上げている。狸を門前払いしようとした狐だったが、手土産持参に加えてこの低姿勢。プライドの高い狸にあるまじき謙遜ぶりに気をよくした狐は、子供部屋の一角にある『きつねの神社』まで招き入れたのだった。
 狐の目が輝いたのは、土産の苺大福であったが。
「神社直したんでしょ?」
 茶を啜りながら、椅子に座った梗香が言う。町内会の多額の寄付と土建屋のサービス工事によって、柱や屋根の損傷は随分と修繕された。雨風すらしのげなかったようなボロ神社は生まれ変わり、狸巫女こと椎木優衣は今、氏子の布団屋から巻き上げた――否、奉納された――羽毛布団でぬくぬくと暮らしている。
「神社が綺麗になっても神徳が無いのではぁ……」
 はぁ、と溜息をついて湯飲みの中の水面を見つめる優衣。優衣がよくやる物憂げな表情だが、古泉家の子供たちにはもう効き目がない。
「いつもの顔だね……」
「みたいね」
 悠も梗香も冷めた視線で狸巫女を見つめている。およよと時代じみた泣きの芝居をうってみるも、誰一人彼女に声を掛けない。狐の瞳も胡散臭いものを見つめるかのように細くなる。狐が眉に唾を付けた。
「で、神徳を貸せとでも言いに来たのかい? 狸よ」
 しめ縄を巻いた漬け物石に肘を付け、頬杖をついている菖蒲狐が狸に言う。狸はぴくりと動きを止め、湿っぽい鳴き声は嘘のように消えた。
「分かってるなら話が早いですわぁ」
 優衣は涙の後すらない作り笑顔で菖蒲に近寄る。両手をついて四つんばいの姿勢で菖蒲の元まで這い寄ると、あぐらをかいた狐の股に顔を埋め、またしても泣き始める。
 大の大人が少女の股に顔を埋めて泣く、さめざめと泣く。異常な光景が繰り広げられている古泉家の子供部屋で、ただ悠だけが心配そうに視線をきょろきょろと動かしていた。
「お力を貸しては頂けないでしょうかぁ、神様仏様菖蒲さまぁ」
 情感たっぷりに懇願する優衣。このあたりの鎮守である狸であったが、現実に寄代をもって顕現するだけで精一杯であった。信仰を得るには人々の望みを叶えねばならないが、そんな小さな奇跡すら起こせない程に力を失った狸神では信仰が集まるはずもない。人々から見向きもされない神は、やがて妖怪へと身を落としてしまう。奉られなかった神は祟り神としてまつろわぬ者とされてしまうのである。
「妖怪には。妖怪にだけはなりたくないんですぅ!」
 一方の狐は、わずかではあるが神徳があった。
 お稲荷様の使いであるが故に元々備わった神徳に加え、一日に一本できるかどうかという遅々としたペースではあるが割り箸製朱塗りの鳥居が増えていくためである。使い古しの割り箸が赤の絵の具で染められていくのである。使い古しはやめて、と菖蒲は叫んだが。
「妖怪じゃん」
「妖怪よね」
「ボクも妖怪だと思ってた……」
 狸はよりいっそう大きな声で泣いた。

 菖蒲は妖怪に身を窶した神を知っている。崇められていた者が落ちぶれ、忘れ去られていく瞬間をその目で目撃している。
 人間の時間ではない。長い長い神の時間。少しずつやせ衰え、自棄を起こしていくその神が何者だったのか。今となっては記憶の片隅に残るのみ。人から忘れ去られた神は、神々からも忘れ去られる。それで消えてしまうならどんなに素晴らしいことだろう。人間のように死んで何もかも無くなってしまえば。
 その神が誰だったか、菖蒲自身忘れていく。いずれ、幻想へと消えた神が居た事すら忘れてしまうのだろう。
「妖怪はいやぁ! 妖怪だけはいやなのぉ!」
 珍しく泣きの演技を長引かせ、優衣は菖蒲のスカートを濡らす。嗚咽に混じる鼻水の音。顔は涙と鼻水でぐしょぐしょになっているでろうことは想像に難くない。
 菖蒲は、突き出た耳を動かした。さらさらと流れる狸の頭を撫でる。
「鳥居といなり寿司!」
 泣きやんだ狸は狐を見上げる。演技ではない、涙の後が狸の顔を汚している。不安に充ち満ちた顔に明るい笑みが差し込んだかと思うと、次の瞬間には菖蒲に抱きついていた。
「菖蒲さまぁ! 愛してますぅ!」
 娘を愛おしむ母、と見えなくもない。言っている事は正反対だが。
 感情の起伏が激しい狸巫女は次の瞬間には高笑いを一つ、勝ち誇ったような顔で梗香と悠を見た。
 姉弟は顔を見合わせる。くすりと苦笑いする二人を見て、菖蒲は思った。

 また騙された……、と。



 緋袴に身を包んだ椎木優衣は、それはそれは神社によく似合う女性であった。この神社に奉られた神なのだから、似合っているのは当然だとしても。
 彼女の周りで働く男達は、どれもこれも狸の色気に当てられた人間達だが、少しでも神社を思う気持ちがあって集まっている。これ以上ない程に信仰が集まる絶好の機会でありながらも、狸の気は晴れない。
 何故ここまでひどくなってしまったのだろう。
 狸が小さな村の鎮守だった頃は、それこそ「揺りかごから墓場まで」氏子達を見守ったのである。このスローガンが生まれるよりも昔から、狸神は連綿と連なる氏子達の命のリレーを目撃してきた。
 時には、境内で遊ぶ子供達と一緒になって遊んだりもした。
 子供達が成長し、家庭を持ち、子供を持って宮参りをし、その子達とも遊び、成長し……。死の瞬間、生の瞬間。人生の酸いも甘いも見届けてきた。
 付喪神から奉られ、村に鎮座してからどれだけの時間が流れても、変わらなかったものがあった。それは、移ろう人間の命。脈々と続く世代交代。 
 人間を愛してしまう事もあった。贔屓して、その人間に恵みを与える事もあった。近寄る女を払う事すらあった。
 人間は、愛おしい。
 愚かで誤ったことばかりするが、限りなく愛おしい、私の子供たち。
 手伝ってくれる氏子達を優衣は知らない。
 しかし、見覚えのある顔が何人か目に付いた。先祖の面影を残す氏子達が、何食わぬ顔で神社を祭りの色に染め上げていく。

「まつりっていうのはさ」
 菖蒲は玉垣の上からくるりと狐らしく身軽に飛び上がり、宙返りして地面に立つ。赤いチェックのスカートの下に穿いた黒のスパッツが見えるも、狐は大して気にも留めない。目を背ける悠を見て楽しむ菖蒲である。
「神様をお奉りするから祭りって言うんだよ」
 くるくると境内を駆け回る巫女を見ながら菖蒲は続ける。
「氏子たちが神様に感謝をする日だから、あいつが準備するってのはおかしな話なんだよね」
 菖蒲の視線は、優衣を見つめている。
「じゃあボクもあやちゃんをおまつりした方がいいかな?」
 悠は菖蒲を見つめる。視線の高さは変わらない。幼い顔立ちの両者は端から見れば同い年である。しかし、二人の生きた時間は余りに違っていた。二人は、人間と神であった。
「そうねー。じゃあ明日はあぶらげで!」

 明日はお祭り。
 再建した椎木神社の、数十年ぶりの例祭。
 和気藹々とした境内の飾り付けは、夕方まで続いた。
2010.05.25.Tue

03.会長は桔梗の香り

 カノジョ、人の心が読めるらしい。
 古今東西、いろんな人が居るものだ。中でも、幽霊が見えるなどはメジャーな部類に入る。幽霊ならまだかわいいもので、妖精を見た、魔女を見た、エルフに会ったと叫ぶヤツも居る。誠に遺憾ながら俺の幼なじみであるが。
 そこに来てこの転校生である。んなバカな。

「バカじゃないですよー!」

 メリッサ嬢はお怒りになったご様子で、餌を溜め込むハムスターのように白い頬をぷうと膨らませている。

「心が読める……だって?」

 にわかに信じられることではない。
 カノジョは、読心術を身につけているという。唇を読む読唇術ではなく、読んで字のごとく正真正銘の読心術だ。心を読めるということは、今までの俺の思考は筒抜けだったということになる。
 あんなことやこんなことがバレバレだ。

「言ったじゃないですか。私は魔法使いですって」

 そっかー、魔法使いじゃしょうがないなーハハハ。
 ……ハハハじゃねえ!

「『腫れ物』とか『危うき』とかひどいじゃないですか!」
「う……」

 心当たりがありすぎた。そりゃ悪いことを言って……いや、悪いことを思って申し訳ございません。
 心の中は、鍵が掛かった一人の小部屋。誰もが「ぼっち」で居られる場所なのだ。他人の心が分からないからこそ詐欺師は暗躍し、政治家は舌先三寸で嘘をつけるというのに。
 やれやれ、心の声にまで責任を持てというのか。

「それに……」

 メリッサ嬢は白かった頬を今度は赤く染めて、上目遣いに俺を見る。グラビアアイドル御用達のかわいさ二割増ポーズだが、えぐり取られたように貧相な胸は魅力を二割ほど落としているようにも見える。染まった頬と訝しげな目元は、モジモジとでも表現できるようないじらしさでいらっしゃる。
 さて、何かカノジョに悪いことを言っ……思ったかな、とこれまでの思考を辿ってみる。「貧相」とか「ちびっちゃい」とか「洗濯板だ、まな板だ」とかそういったワードが脳裏を駆け抜けていく。なんと言うことだ、ほとんど悪口じゃないか。脳から湧き出る悪口は、「悪脳」とでも言うべきか。
 しげしげとカノジョを見つめる。アイガー北壁も裸足で逃げ出す程の絶壁具合だ。「外国人は発育がよろしい。特におっぱい」というステレオタイプをぶっちぎったこちらのお嬢さんは、胸を張ろうにも胸が無い。驚異的胸囲の持ち主だ。

「もういいです!」

 メリッサ嬢はぷいっと顔を背ける。
 あ、すいません。「悪脳」思っちゃいました。

 まぁ百歩譲って読心術は信じよう。こうして俺の心の声にレスポンスを返し続けている事だし。これだけは間違いない事実だ。認めたくはないけど。
 それでも、魔法なんていかがわしいものを信じる事は出来ない。きっと何か別の科学的な手段で俺の心を読んでいるに決まっている。アルファ波とかアドレナリンとか生体電極とかAIM拡散力場だとかそっち方面の知識だろう。
 その一方、心を読まれても動じない自身の飲み込みの早さに驚愕する。俺自身には何の焦りもなく、平然とした態度で頬を赤らめてお怒りのメリッサ嬢を見つめていられるからである。きっとブッダはこの境地にたどり着くまで35年掛かったに違いない。咲宮シン、仏になる日は近い。

「シン君は信じてくれないんですか?」

 やはり心を読まれている。カノジョが言っているのは魔法の事だ。
 アナタハ、マホーヲ、シンジマースカー? と聞かれたら答えは一つ。

「信じませんね」

 ごまかしの笑いも浮かべず、吐き捨てるように呟く。今日初めて、カノジョに向かって本音を吐いた。
 科学文明を享受し、ユビキタスきたる時代に置いてけぼりを食わないよう生きている俺たち現代人が、魔法なんて非科学的で前時代的な遺物を信じる事などできる訳がない。人類は神秘と決別したのだ。世界に満ちる基本単位であったマナは0と1の電気信号に置き代わり、今やマナが存在できるのは、電気信号で表せる世界のみだ。炎が燃えて、風が渦を巻き、水が形を作り、土くれが飛翔する、ゲームやマンガの世界だけ。
 それがいい。その方がいい。魔法とはそうあるべき。
 大人が鼻で笑う虚構の中で、子供たちに夢を見せるだけの存在であるべきだ。

「でも本当なんですよ!」
「へぇそうなんですか」

 右から左へ抜けていく。

「そうなんです!」

 思わず立ち上がり、力強い口調で仰るメリッサ嬢。グラウンドの生徒が何人か動きを止めたほどである。随分と熱のこもったお返事だ。ムキになって大声出したのが恥ずかしかったのか、メリッサ嬢は静かに座った。
 カノジョの長い髪を撫でるように風が吹く。春の日差しに包まれて、俺とカノジョの合間に沈黙が流れる。なにやら甘酸っぱい青春の光景が繰り広げられているようでいて、実のところ何も話すことが無いだけの無言時間。
 カノジョは自分を魔法使いだと言った。この発言でクラスメート一同を驚愕させ、ドン引きさせた。一瞬でがっかり美少女の烙印を押され、どこの馬の骨ともしれない俺を捕まえて学校を回る。何だか知らないが心を読むことのできるカノジョは、クラス全員の希望や好意、落胆そして侮蔑の感情を全身に浴びたことだろう。自己紹介の時に、面と向かっては言えないような罵詈雑言を一方的に投げつけられた事は想像に難くない。
 野郎が思い浮かべた卑猥な妄想も、女郎の繰り広げた灼熱の嫉妬もすべてその小さな体で受け止めた。
 それでも、壇上のカノジョは笑顔を絶やさなかった。
 重く鎌首をもたげている沈黙を破ったのは、メリッサ嬢だった。

「やっぱりあの自己紹介はダメでしたか?」
「まぁ……笑えない冗談でしたね」
「そうですか……」

 メリッサ嬢はうなだれる。ピンと張った背筋をだらりとゆるめ、溜息をついた。
 もうカノジョに嘘を付く必要はない。建前などカノジョの前では無意味なのだ。その読心魔法とやらで抜き身の本音を知られてしまうくらいなら、いっそ素直になってしまう方がいい。距離をとりつつ。

「前の学校では読心魔法で嫌われちゃいまして……」
「そりゃそうでしょうね」

 初対面の相手に嗜好やら感情やらズバズバ当てられたら気味悪がられる事は目に見えている。メリッサ嬢に悪気は無くとも、心を読まれた側は生きた心地がしなかっただろう。
 覇気のない瞳が、遠くを見ている。あれだけやる気に満ちあふれていたカノジョとは思えないほどの落差だ。

「シン君はどうして敬語なんですか?」

 言葉に窮した。カノジョとの距離を保ちたい、とは口が裂けても言えない。さすがにここまでの本心をカノジョにさらけ出す勇気はないのだ。いくら素直になろうと思えども。
 たとえメリッサ嬢が俺の心を読んでいたとしても、これを口にしてしまうのは人間として許されない。
 言いかけた言葉、思いかけた思想を飲み込んで、メリッサ嬢を見る。カノジョの物憂げな眉毛が少し落ち窪んだ。今さっきの逡巡を気づかれてしまったらしい。

「まだあまり親しくないからです」
「親しくないから、ですか?」

 悟られていると分かっていても、見え透いた嘘をついた。心の声という暴力に晒されてきたであろうカノジョを、これ以上傷つけたくはなかったのだろう。たぶん。

「親しくなったら、メリッサって呼んでくれますか?」
「その時はその時です」

 残念美少女のメリッサ嬢は笑う。先ほどの物憂げな顔といい表情豊かな人だ。

「優しいんですね」

 カノジョは晴れやかな笑みを浮かべ、俺の傍らで笑っていた。


 案内という名のお守りを終え、屋上を出た。体育教官室で寝ていた禿教師に屋上の鍵を返し、ブカツの声華やかな校舎を抜ける。正門まで連れ添って歩く光景は、見る人が見れば高校生カップルに見えなくもない。そう見えた奴の目は節穴だろうが、あいにく野郎共の大半は連れだった男女を見てイラッ☆とする方々ばかりである。
 メリッサ嬢はぶるっと身震いした。大方えげつない妄想にでもあてられたのだろう。
 イヤなら心を覗くのやめなさい。

「だって気になるじゃないですかー」
「気になるって……」

 この調子で恋人になる男の心まで読むのだろう。愛していれば全てをさらけ出すと声高に叫ぶ彼氏彼女もいらっしゃる事だろうが、読まれる相手は大変だ。すれ違う女性を思うだけで嫉妬の炎に焼かれることになるのだからな。そんな中で浮気なんてしたらどうなることか。その魔法とやらで醜いアヒルの子にでも変えられてしまうのかもしれない。
 恐ろしいな魔法。信じないけど。

「どうして魔法使いになったんですか?」

 心の声にレスポンスされる前にこちらから話しかけてしまえばいい。画期的な先制攻撃に気づいた俺は、腰が重すぎる自分らしくもなく積極的だ。
 カノジョ、どうやら二つのことを同時に行う事が苦手なのだ。思ったことと何の関係も無いことを話しかければ間接的ではあるが俺の心の声は守られるのである。これが相当難しいのだが。

「魔法使いになった理由ですか……」

 考え込むメリッサ嬢の歩幅に合わせ、ゆっくりと歩く。
 俺の心は読まれ放題だが、メリッサ嬢のオンナゴコロは厳重に施錠された金庫の中にでも入っているのか、何一つとして分からない。当たり前と言えば当たり前なのだが、こうも一方的だと不公平だろう。
 おっと、こんな事を考えているとまたいろいろと面倒を起こしそうだ。

「私、お姉ちゃんが居るんですよ」

 しばし逡巡した後、自らの妹属性を告白するメリッサ嬢。
 フィルワール家のご令嬢はどうやら一人では無いらしい。メリッサ嬢に似て、お姉さんも負けず劣らずの美人なのだろう。

「お姉ちゃんも魔法使いなんです」

 訂正。
 お姉さんも負けず劣らずの残念美人なのだろう。

「お姉ちゃんに憧れて、魔法使いになったんです」
「へぇ、お姉さんも」
「ローズ・フィルワールって言うんですけど、知りませんよね?」
「知りません」

 少なくとも魔法使いの知り合いなんて一人しか居ません。そう何人もいてたまるか。
 メリッサ嬢を残念美少女に仕立てあげたローズさんがどういった人物なのかは分からない。しかしこの娘の姉だ。外国人のステレオタイプを見事にたたき壊された俺には『お姉ちゃん』の容姿を想像する事などできないが、この妹にしてこの姉ありというレベルの連想くらいならできる。
 瞬時に組上げられるべらぼうな姉像。

「だいたいシン君が思い浮かべた感じですよ」
「あー……」

 なんとなくクリスタルな心は、意志の疎通がとても簡単だ。心を読まれて便利だな、と思ったことはそれくらいである。メリットに対して余りあるデメリットはさておき。

「そのお姉ちゃんを探しに来たんです」
「なるほど」

 カノジョが話した前の学校というキーワードを思い出す。
 こうして日本中の学生を阿鼻叫喚の地獄絵図に突き落としながら、姉のローズさんを探しているという訳だ。姉が見つかった暁には、これまで迷惑かけた学生さん達にお礼行脚でもした方がいいかもな。

「いえ、前の学校はソウルだったんです」

 ……は?

「『道教には東洋の神秘が眠っている!』 って手紙が来て……」

 メリッサ嬢は続ける。

「その前は降霊術だったり、アラブ魔術だったり……」

 吐き捨てるように溜息を一つ。やれやれと目を瞑り、メリッサ嬢のご尊顔が曇った。妹に負けず劣らずメチャクチャなお姉さんは、今も日本のどこかに居るのだろうか。もう地球の裏側にでも飛んでいそうである。俺の常識では計りきれない、随分とまぁスケールの大きなお話だ。

「そいつは大変ですね」
「大変です。おかげで友達も出来ませんし」
「はぁ……」

 それはたぶんお姉さんのせいだけでは無い……おっと。

「メリッサさんはかわいいですから、近寄りがたいんですよ」
「本音が漏れてますよ?」

 立ち止まり、俺の心臓を指さすカノジョ。
 心は正直だ、というところか。訂正するとすれば、漏れているでは無く、盗聴しているの間違いだ。

「うぐぐ……」

 どうにもやりにくい。
 本音と建前の二面性を壊されるだけで、こうも雁字搦めに絡め取られるとは。

「やりづらいですか?」
「まぁ……そうですね」

 メリッサ嬢は、絵本に描かれた魔女のようなイタズラっぽい微笑みを浮かべていた。
 少し薄気味悪いが、これがカノジョらしさだと言うなら受け入れるしかないのだろう。魔法は信じないし、出来れば距離を取りたいところだが。

「シン君って不思議な人ですね」

 あなたに言われたくはないです。

「心を読まれても何とも思わないんですから」
「はぁ……」

 心を読まれたってどうしようも無いから、というのが本音ですがね。


 校舎外の曲がり角、グラウンドからも教室からも死角となるここは、人目に付かない隠れ場所だ。カツアゲから告白まで手広くカバーするこの死角で、俺とカノジョは突っ立っていた。定番のデートスポットで美少女と一緒に居れば少しは心もときめくものなのだろうが、残念ながら俺の心は微動だにしない。それだけ魔法という言葉が、喉に突き刺さった小骨のように引っかかっている。

「そんなに魔法使いってイヤですか?」
「心を読まれてもいい気はしませんよ」

 少なくとも、俺はそこまで身も心もオープンにはできない。一般的な生活を送る人間にとって、心を読まれないに越した事は無いのだ。出来れば安寧の日々を、平穏な日常を。それを祈るばかりである。

「分かりました! シン君の心は読みません」

 拳を突き上げて力強く宣言したカノジョ。
 俺の心は、というところに甚だ不安を覚えるが、回避不能の魔法とやらで心の壁をバカスカ中和されるよりは余程健康的な気もする。何とも、特別扱いと言うわけだ。悪いね、2-Aの諸君。

「シン君は友達ですからね!」

 メリッサ嬢の友人というポジションと、心まで丸裸にされる事を天秤に掛けてみる。心を読まないという声高らかな宣言と、2-Aのモブ達と共に強制露出プレイを楽しむのではどちらがいいか、カノジョに悟られる前に答えを出そうとしてみるも、脳内の天秤は釣り合うどころか根本からポッキリと折れてしまった。咲宮シン、自らの能力では計れない存在を知る。
 ハハハ、と笑う。乾いた笑いはひらひら舞い落ちる桜の花びらのごとく、ゆっくりと落ちていく。

 手をこまねいた覚えも無いのに、気がつけば魔法使いの友人である。距離を取ろうとした行動で、逆に距離を詰めていた。そりゃあ屋上から女子トイレまで余すところなく紹介したのは俺だ。だからといってカノジョの友達になった覚えはない。せいぜい知人止まりだ。建前上の案内を、友情と勘違いしてしまうなれなれしさ、そこから導き出せる等式は一つ。
 外人=なれなれしい。実体験により証明終了。

「あ、どこ行くんですか!」
「帰ります」

 足早に歩を進める。角を曲がれば正門だ。門さえ出てしまえば、カノジョに付き合う必要は無い。
 カノジョとの関係はクラスメートでしか無い。友達? 恋人? たくさんだ。
 後ろをパタパタと小走りでついてくるカノジョに視線もくれず、ただ前を見据える。心を読まない、と大々的に宣言したカノジョだが、出来ることなら今の心を読んでほしい。カノジョに対する嫌悪に満ち満ちた俺の思想の片鱗でも読んで頂ければ、俺が自分本位な自称・魔法使いを嫌っている事くらい分かるはずなのだ。

「待ってくださいよ!」

 追いついたカノジョは俺の隣に。いつの間にやら定位置と化した咲宮シンの右側に、メリッサ嬢は収まっている。迷惑だ、と素直に言えないのは日本人の性だ。遠回しのあっち行けもカノジョには効かない――しかも分かっていて無視している――のである。
 口を出るのは溜息ばかり。カノジョが俺の顔をのぞき込む。右側から現れた外国人の顔に、今度は心の中でも溜息をついた。

 角を曲がった先に狭苦しい正門がある。学校と道路を切り離す門柱は、学生の気分を切り替える結界でもある。神楽西高校と控えめに彫られた岩肌むき出しの門柱の間に、仁王立ちする人影が見えた。ブレザーとスカートという学校指定の地味な制服に身を包んだ女子生徒は、体躯こそ細身だが矢で射られても倒れなかったという弁慶を彷彿とさせる程である。
 門のど真ん中で腕組みしている女子生徒は、この学校の最高権力者であり、教員の地位さえ脅かす絶対無二の存在。たった半年間で学校内の全権を掌握してしまった独裁者。

「早くこっちに来なさい!」

 神楽西高校の生徒会長にして、絶対の権力を振るう先輩。自分に都合がいいように校則を幾重にも書き換え、雁字搦めになった生徒を笑う女帝。

「アンタが期待の新人ね! 転校生さん?」

 その人の名は古泉梗香。神楽西高校生徒会長にして学生議会書記長。任命されてからたった半年で学内の全権を掌握した彼女に、恐れるものは何もない。そう、何もないのだ。
 彼女は、歯をむき出しにして笑った。
2010.05.25.Tue

02.メリッサ青春する

 転校生がやってくる、なんてのは誰しも胸躍らせるイベントだろう。男は女に女は男に、まだ見ぬ者への期待を一心に高めている。
 やってくるのはイケメンか、はたまたかわいい美少女か。あわよくばお友達に、あわよくば恋人に、あわよくばそれ以上の関係にと各々夢を見ながら転校生を迎えたのだ。
 そんな妄想は無意味だと思いつつ、俺も彼女を迎えた。

 だがどうだ、この転校生。いくら何でも斜め上過ぎる。魔女狩りから数百年も経った21世紀の今、どこの世界に魔法使いが居るんだ。
 おファンタジーか、おファンタジーなのか。この世界はおファンタジーなのか。違う、断じて違う。ファンタジーなのはこいつの脳内だ。誰しも憧れる魔法を信じてるんだ。きっと幼いころ見たジャパニメーションに影響されて、日本に来れば現代を生きる魔法使いに会えると思っているんだ。未だに魔法なんてものを信じちゃってるんだ。こいつの頭の中はお花畑か!?
 目の前の少女は「言っちゃった」と舌出しペコちゃんスマイルを浮かべ、小憎らしいほどに茶目っ気たっぷりでいらっしゃる。しかし壮絶にスベってしまったことに気づいていない。
 おそらく、これは彼女なりのウェルシュ・ジョークなのだろう。英国人の笑いのツボは常軌を逸していると聞いたことがある。そうだ、ウェールズ流のギャグに違いない。魔法を信じているなんて冗談も良いところだ。ここは笑うところだろう、咲宮シン! と自らを鼓舞するも、今のギャグの笑い所が全然分からない。
 結果、異国情緒溢れる渾身のジョークは双方に埋めがたい溝を残し、異文化交流は失敗に終わった。一同薄笑いの中、カノジョだけが覇気に溢れた好意を教室中にぶちまけている。

 かわいそうに。
 転校早々こんな洗礼を受けるなんて。

「実は私、魔法使いなんです!」

 なんて言うから教室の空気が凍り付いてしまったんだ。無難にご趣味のお話でもしていれば良かったのに。
 アニメアニメした魔法のステッキを引っ提げ、フリフリヒラヒラのドレスを着たメリッサ嬢を思い浮かべる。容姿だけなら存分に通用しそうだが、企画モノの洋物ロリAVですか? と訊かれればそれまでな気もする。
 あ、俺は健全な17歳だよ。

「魔法使いなのか」
「はい!」

 禿茶瓶が掘り下げる。
 いや、そこを掘り下げる必要は無い。

 さて。
 俺含めた学生たちの視線は、先のびっくりどっきり自己紹介によって一瞬にして蔑視へと変わっていた。
 自分が同じ立場に立たされたら、と思うと痛々しくてみてられない。メリッサ嬢から目を逸らし壁際に目をやると、薄笑いを顔に貼り付けてカノジョを見ている女子生徒が居た。いいイジり対象を見つけたとばかりに、上から下まで舐めるようにカノジョを品定めしている。やっかいなのに目を付けられたようだ。イジめるのが大好きな、ドミナ様を見るのも恐ろしい。
 再び視線を逸らすと、クラスの要である委員長はもうどうでもいいやと諦観の表情を浮かべ教室の隅で突っ立っていた。
 自称魔法使いを気にも留めない2-Aの連中は、それぞれ自分の世界へと戻っているようである。

「得意な魔法とかあるのか?」
「そうですねー……」

 メリッサ嬢はお考えになっておられる。
 教室中が凍り付いたくらいだし、きっと氷魔法とか得意なんだろう。もしくはどこぞの吸血鬼みたく時を止めてみるとか。
 もじゃもじゃっとした思考の糸を中空に浮かべるメリッサ嬢。黙っていればかわいらしい。

 内心「さっきのは冗談です。あんまり面白くなかったですか?」なんて言ってもらえたらいいのにと思う。それなら笑ってカノジョを迎えてやれるのだろうが、そうは問屋が卸さない。

「このあたりはマナも豊富ですし、条件さえ整えば呪文発声無しでも精霊魔法くらいなら使えると思います」

 マナ? 呪文発声? 精霊? 魔法?
 不穏なワードに反応する生徒一同。生徒の視線は、再びメリッサ嬢へと突き刺さる。怪訝な顔から飛び出たはてなマークが教室中に満ちあふれ、2-A生徒達によるメリッサ嬢の評価が目まぐるしく変わっていく。
 『美少女転校生メリッサ嬢』から『ちょっとおかしな子メリッサ嬢』へ。

「オレずっと気になってたんだけど、マナってのは一体何なんだ?」
「簡単に言えば、物体が持つエネルギーですね」

 そんな疑問をずっと抱えてるんじゃねぇ。41歳体育教師の分際で。しかも律儀に答えるなよメリッサ嬢。
 クラスの評価は『ちょっとおかしな子メリッサ嬢』から『ちょっと頭のかわいそうな子メリッサ嬢』へ。

「あぁ、位置エネルギーとかそんなのか。習った習った」
「お判りいただけましたか?」
「おう、よく分かった」

 待て。何一つ分からない。
 ちょっと先生さん、今理解できた事を詳しく優しく噛み砕いて教えてくれ。お前は教師なんだろう? 悩める子羊に救いの手を差し伸べてくれ、いや差し伸べてくださいお願いします。
 人間という生き物は、自分の常識で計りきれないモノを見ると『見なかったこと』にするらしい。魔法に反応したクラスメート達もメリッサ嬢を『見なかったこと』にしたようで、カノジョの一挙手一投足に注目している者は限られる。それこそ教室の向こうでいいオモチャを見つけたと喜ぶサディストでドミナな女子生徒と、何かの冗談だろうと思って凝視している俺のみだった。

 高校生にして一家離散の憂き目に遭ったものの、一般的常識人を標榜している俺としてはカノジョの存在が信じられるはずもない。
 魔法があるかどうかの話ではない。転校一発目の自己紹介で「魔法少女です!」と言っちゃうイタさが信じられない。

「説明した甲斐がありましたよ!」

 教員含め三人くらいしか聞いていないであろう説明は頭をすり抜けていく。
 考えても無駄だと脳下垂体が指示を出し、俺は考えるのをやめた。
 魔法使い、そんなの居るわけない。
 魔法、そんなもんあってたまるか。

「……だ、そうだ」

 教員はそれ以上何も言わず、きらりと光る頭を揺らして拍手する。
 適当に打ち始めた拍手は次第に大きくなり、教室中に温かな輪が生まれていく。まばらな拍手は満開の喝采に変わり、とぎれることの無い手拍子が教室を包み込んだ。
 そう、それはまさに春の到来。バナナで首が打てる極寒の教室に温かい春一番が吹き、爛漫うららかな陽気が戻ってきた。どうやらこれ以上ダダ滑りの憂き目に遭う心配だけは無さそうだ。
 メリッサ嬢は、これ以上ない程の極上の笑みを見せた。

「ありがとうございます! 信じてくださったんですね!!」

 教室は今度こそ凍り付いた。地球温暖化どこ吹く風である。
 教員も何も言わず、教室中央教卓前を指さす。それがカノジョに割り当てられた特等席であった。


 今日は始業式。奇妙な転校生を迎えたものの、委員会は滞りなく決まって午前で授業終了だ。
 無責任な推薦擁立選挙を大ジャンケン大会でかいくぐり、春休みの宿題を提出して空っぽになった鞄を持ち上げる。委員会の寄り合いへ参加する必要は無い。クラスの約半数に及ぶ学級内ニートたる我々は、帰って寝るのが一番だ。
 さて、自称・魔法使いな転校生も同じくプー太郎である。正しくは、転校してきたばかりのために委員会への所属を免除されていた。それでいてジャンケン大会に興味を示し、ちゃっかり参加してしまうあたりにカノジョの茶目っ気を見る。何だ、意外とまともにコミュニケーションできるじゃないかと思ったのもつかの間、口を突いて出る『魔法』の二文字が和やかムードを粉みじんにする。
 カノジョは、何がしたいのか分からない。

 教室の一番前で、カノジョは小動物のように首を素早く動かして周りの様子を観察していた。恐らく周りで話されている日本語は理解できているが、三々五々散る彼らを見て今後どうすべきか迷っているのだろう。「帰って眠って夢から覚めろ」と忠告したいが、君子は危うきに近寄らない。腫れ物は触らないに越したことはないだろう。

「あのー……」

 教室前の特等席から立ち上がって、メリッサ嬢が振り向いた。
 その透き通るような声に、教室に残っていた生徒達はメリッサ嬢を見る。風にのってふわりと揺れる金の長髪、蒼の瞳は何度見てもドキリとする。これが魅了の魔法だとでも言うのなら信じたかもしれない。

 そう、魔法。

 自己紹介での魔法の一件さえなければ、カノジョは十二分にかわいらしい。2-Aの逸材にして、学校のアイドルになれたはずである。
 どこをどう間違ったのか。

「学校を案内してくれませんか?」

 カノジョは俺を見て言う。
 俺とメリッサ嬢の距離は、机四つ分。
 クラスにはまだ委員会未所属のプー太郎が残っていた。俺以外にも暇そうにしているヤツは何人も居る。女子生徒も残っているというのに、カノジョが最初に声をかけたのは俺だった。それも結構な距離をおいて。

「お願いします!」

 頭を下げる。柔らかな髪が宙に舞い上がった。
 教室は静まり返り、勇者を探しているようである。勇者と言えば聞こえはいいが、早い話が生け贄だ。まともな生活を送りたい彼らのスケープゴートは誰か。答えは簡単。メリッサ嬢の視線の先、頭を下げた方向に居る人物に自ずと視線が集まってくる。

 喩えるならば、かごめかごめ。
 カノジョの正面だあれ?
 ――俺だった。

 深々と頭を下げたカノジョを見ていては、無碍に断ることもできない。
 常識に満ち溢れた平凡な生活を送りたいのだが、まぁ一度くらいならいいか。なんて腹を括ってみる。
 本当は嫌々だ。そりゃ少しくらいはお近づきになりたいと思う気持ちも無きにしもあらずだが……。

 仕方ない、メリッサ嬢をお連れしよう。

 思考回路が決めた途端、カノジョが頭を上げた。
 頬を薄桃に染めたメリッサ嬢が近寄ってくる。一歩、また一歩と距離を詰め、その小柄な背丈から椅子に座っている俺を見下ろす。
 近くで見ると、これまた一段と美少女だ。

 訂正。
 これまた一段と『残念』美少女だ。

「じゃ、付いてきてください」
「ありがとうございます!」

 クラス一同は安堵しつつもニヤリと笑う。白羽の矢が目の前の男に直撃したのだから、そりゃあ嬉しかろう楽しかろう。畜生。
 溜息混じりの俺の心など知ってか知らずか、カノジョは嬉しそうに笑っていた。


 まず、図書室を紹介する。図書委員会の会合が開かれていたがそんなことはお構いなしで書架を回った。文学にでも興味を持ってもらって、図書館に引きこもってもらおうという魂胆である。
 名付けてお手軽文学少女作戦。後は神保町の女神にでもなれ。
 しかしてその作戦が成功したかというと、

「活字を読むと眠くなってしまうんですよ」

 の一言で瓦解した。まぁ「魔法使えば一発で理解できますよ」なんて言われなかっただけマシなのかもしれない。

 魔法使いの厄介払いも、そう簡単にはいかないか。
 次なるターゲットは職員室。これからカノジョが最もお世話になるであろうスポットだ。禿教師の席を教えておいて、困ったら相談に行くように勧めた。これは困ったことがあっても俺には訊かないでね、という遠回しな念押しでもある。
 何とか距離を取ろうとするのだが、カノジョはお構いなしに、

「分からないことがあったらシン君に聞きますね!」

 と元気いっぱいに笑う。どういうレスポンスを返せばいい? とりあえず笑ったが。
 どこで聞いたのか、カノジョは俺の名前をご存じだ。甘ったるい「シン君」の呼び声は、廊下ですれ違った野郎共の嫉妬を一身に浴びるというマイナスファクターてんこ盛り。明確な敵意が俺を貫く。視線が痛い!

 結局、同じような事を再三続けた。しかし、どこへ連れていっても俺の意図を読んでいるかのような言動で作戦を看破していく。
 吹奏楽・コーラス・軽音楽と回ってみるもついぞ音楽に目覚めることはなかったし、オリエンタルな茶室で茶道のわびさびに触れる事もない。西洋絵画に興味など示さず、漫研の合同誌を読んでも別段何の反応も無かった。料理部は? 手芸部は? 文芸部は? コンピュータ部は? と思いつくままに文化系ブカツを連れ回しても、カノジョは首を振るばかり。
 ならば運動部だと案内するも「運動は苦手です」と仰り選択肢はどんどん減っていく。
 新入生用の部活しおりを手に、記載されている部活をしらみつぶしに回っているが、カノジョの食指は伸びないようである。どれ一つとして興味を示さないのだ。
 ブカツ少女に仕立て上げる作戦も失敗に終わるかもしれない。

「シン君は部活してるんですか?」
「俺は帰宅部です」
「キタクブ……。何ですかそれ?」
「いかにして家に帰るかを競う部活です」
「へぇ。競技なんですか?」
「帰宅の技と華麗さが得点になるんですよ」
「なんだか楽しそうですね! 私もキタクブがいいです!」

 とまぁこの調子だ。
 めでたく帰宅部(暫定)の仲間入りを果たしたカノジョは、しおりから帰宅部の項目を探しているようである。おそらくどこを探しても載っていないが、ツッコむのも面倒なので学校案内を続けることにした。

「シン君、キタクブなんてどこにもありませんよ?」

 ある訳ないでしょうそんなもん。


 グラウンド、体育館、プール、弓道場、柔道場と一通り学校施設を回ったが、運動が苦手なカノジョの琴線に触れるものはなかった。野球部の友人がメリッサ嬢にマネージャーになってくれと土下座で懇願していたが、もう部活に入ってしまった事を理由に丁重にお断りをしていた。これにて元からあまり期待していなかった最近流行のブカツの天使作戦も失敗に終わる。
 カノジョが帰宅部だと知られれば、俺は千本ノックを体で受け止めることになっていただろう。くわばらくわばら。
 千本ノックとはいかなかったものの、サッカーボールとハンドボールが何度か俺を直撃した。その度に笑いながらボールを取りに来る生徒を見て思……いや、考えすぎだ。そんなことあるわけがない。きっと偶然の事だろう。偶然だ偶然。あらぬ方向へ飛んでいったボールが偶然俺にぶち当たっただけだ、そうに違いない。「彼女持ち死ね!」とか「リア充爆発しろ!」とかそういう負の感情ではないはずだ。うん。

「矢が飛んでこなくてよかったですね」

 全くだ。「射がズレちゃった、てへ」なんて洒落にならん。
 いや、元はと言えばあなたのせいですよメリッサ嬢。

 グラウンドから再び校舎内に戻り、理科室から視聴覚室、体育教官室に至るまでメリッサ嬢を連れ回す。すれ違う生徒達から羨望一割嫉妬九割の熱い熱い眼差しを受けつつ、である。「どうだお前らすごいだろう。これが現代に蘇ったおジャ魔女のメリッサ・フィルワール様だぞハハハ」と何だか訳の分からない自慢だか自虐だかを――当然、口には出さず――まき散らして歩き回った。俺の中にある、どうでもいいのベクトルが全く違う方向へ吹っ飛んでいる気がしてならない。
 隣を見ると、顔色一つ変えないメリッサ嬢が付いてくる。メリッサ嬢は好奇の目で見られていることに別段なんの羞恥も感じないご様子だ。そのお顔に湛えるのは、王家や皇室のごとき高貴なるゼロ円・スマイル。『いつでも笑みを』のその姿勢たるやバーガーショップも真っ青だ。それどころか、庶民にさえ気を配るノブレス・オブ・リージュの心がけにも通じるものがある。
 その微笑みのおかげで俺が嫉妬の熱波に焼かれているなど露とも知らないだろうが。


「これで全部です」
「えへへ。詳しくなれました?」

 校舎の内外を問わず案内し終わり教室に帰ってきた頃には、時刻は正午を回っていた。
 速やかに家に帰るという帰宅部の活動に支障を来しているが、仕方のないことだ。技術点は得られなくとも、美少女と一緒にフラフラしただけでも芸術点くらいなら加算されているはずさ。競技に遅刻したってキャプテンも許してくれるだろう。まぁ一人だけの部活だが。
 メリッサ嬢は笑顔で俺に尋ねる。
 本当に、どこをどう間違ったらこんな残念美少女が生まれるのだろうか。レシピを教えて欲しい。

「ええ。これで学校の一員ですよ」
「でも何か忘れている気がするんですよね……」
「気のせいじゃないですか?」

 ハハハと適当に笑ってごまかした。少し後ろめたい。

 ――実は、案内していない場所が二ヶ所ほど存在する。
 一つは、教員の許可がなければ立ち入れない『屋上』だ。告白というベタなシチュエーション、果たし合い殴り合いから和解への黄金パターンなど、数多くの青春物語にその名を刻む『学校の屋上』は、普通は開放されていない。この学校もご多聞に漏れず、屋上扉の施錠は厳重だ。思春期のナイーブな時期にアイ・キャン・フライできる場所が開放されていては色々とマズいからな。責任問題とか。
 まぁ……。屋上はメリッサ嬢の案内を言い訳にすれば何とかなるにしても、もう一ヶ所は……。

「そうです! 屋上を忘れてました!」

 どうしてそうこちらの思惑を読んだように行動できるのかこの人は。
 もしかして俺の思念がダダ漏れなのか? 顔に出ちゃってるのか? そんなに分かりやすい仕草してるのか!?

「屋上……ですか」
「屋上は学園モノの定番スポットと聞いた事があるんです!」

 えっへん! と鼻息荒く自慢するメリッサ嬢。
 随分とまぁピンポイントな和製知識をありがとうございます。

「んでも屋上は教員の許可が要るから……」
「大丈夫です。案内の一環で、って事にすればいいんですよ」

 それはそうだが。
 カノジョは、俺の手間だとか迷惑だとかを一切考えていないのだろうか。ネガティブ・オーラをばらまきながら案内して回ったのだから、普通の人間ならそろそろ気づいてもいい頃なんじゃないだろうか。遠慮という言葉を知らないのかこの娘は。いや確かに普通の人間じゃ無いみたいですけど。

「さぁ、行きましょう!」

 俺の手を引くメリッサ嬢。
 今日一日、どれだけ振り回されたか分からない。たった数時間のメリッサ嬢とのランデブーだったが、カノジョの不思議さは俺の体の隅々にまで行き届いた。
 不思議さと言えば、メリッサ嬢はまるで俺の心を読んでいるように話を進めてくる。こちらの思惑を簡単に当ててきたり、思考パターンまで似通っていたり。
 どうにもおかしい。ポーカーフェイスで慣らした俺だ、そう易々と表情から悟られるようなことはないと思うのだが。

 教員から何の苦もなく鍵を受け取り、屋上に続く階段を二人して登る。無駄なやる気を放出しているメリッサ嬢を傍らに、扉を開いた。
 扉の向こうは青い空。フェンスで囲われた屋上からの眺望は、住宅街が立ち並び地方都市らしい景色が広がっている。
 住宅街の遠くに山麓を臨み、在来線と新幹線高架が並行して走っている。山を背にすると瀬戸内の大海原だ。山颪の生暖かい風が海に向かって吹き抜けていく。

「きれいですねー!」
「そうですね」

 辺りをパタパタと走り回るメリッサ嬢。そんなに走ったら転びますよ。ほら転んだ。言わんこっちゃない。

 フェンス前に置かれたベンチに座り、グラウンドで汗を流すブカツ生を見下ろす。
 運動部のかけ声とオクターブを忙しなく往復する吹奏楽部の音合わせが聞こえている。屋上まで響く管楽器の運指に併せて、コーラス部と放送部の合同発声練習も微かに混じっているように聞こえる。真っ赤なアメンボがどうたら言うアレだ。
 それにしても随分とまぁ、青春してるね。俺。

「青春してますね」

 俺の隣に座り、メリッサ嬢は仰る。
 転校した初日に魔法使いだと名乗り、教室中に冷たい空気をもたらした張本人。クラスメート全員から「かわいそうな子」の称号を与えられ、誰もカノジョに近づこうとしなかった。いわば触れてはいけない腫れ物であり、君子が近づかないとされる危ういもの。
 そのカノジョが、今俺の隣に居る。

「腫れ物だなんてひどいですよシン君!」
「あ、すいません……」

 とりあえず謝る。

 ん? 待て。
 今俺一言も喋っていないぞ? 『腫れ物』を思い浮かべただけでどうして感づかれるんだ?
 そう言えば、と振り返る。案内の途中、メリッサ嬢はやけにタイミングよく俺に語りかけてきた。自分のことを魔法使いだとか言っちゃうイタい子の割に空気くらいは読めるんだと思っていた。そして、思考パターンが似通っているだけだと思っていた。
 だが、どうにもそれだけでは説明できない要素が多すぎる。メリッサ嬢に腫れ物だなんて言った覚えは無いし、第一、会話が続いたのだって帰宅部についてのお話だけだったのだ。
 ここから導き出せる結論は一つ。

 カノジョは、俺の心を読んでいる?

 荒唐無稽過ぎて笑ってしまう。あまりにナンセンス。ナンセンス通り越してノーセンス。失笑モノだ。
 まさか、そんなはず。あり得ない、そんな事。バカげた答えを必死に否定する。

 しかしメリッサ嬢は無邪気に笑う。そして優しく頷いた。

「私は心を読めるんですよ。咲宮シン君」

 俺の心に侵入者が現れた。
2010.05.25.Tue

01.メリッサ登場する

「着席」

 無機質な号令が教室中に響き渡った。ガタガタと不揃いな音を立て教室中がざわめく。
 成り行きで選ばれたクラス委員長のかけ声には何のやる気も感じられない。うわべだけの号令だ。こうして義務教育の延長とも言うべき小学11年生の春は何の滞りもなく始まる。

 新年度でも目新しい事は何もない。
 どんなに唸っても桜は咲くし、放っておいても春は来る。延々と太陽の周りを公転する地球さんは、もうそろそろ一息ついてもいいんじゃなかろうか。大体、誰のために廻っているんだ。折り目正しく四季が移ろおうとも、誰が地球に感謝する? 人か獣か、植物か。それとも開いた桜の花か。
 私を見てと言わんばかりに綺麗に咲いた桜を見ては、溜息をつくばかりである。

 今日もまた、無味乾燥とした一日が始まった。

「何だ咲宮、桜にでも見とれてるのか?」

 「あぁ」とか「はい」とか適当に言葉を濁す。少なくともお前には見とれないから安心してください。
 視線の先、教卓から身を乗り出した男がクラス全体を見回している。恐らく、去年見た顔が何人いるか確認している事だろう。
 生徒全員の視線を一心に受けているこの禿頭こそ、2年A組の担任教師であった。

「それにしても暑いなぁ!」

 開口一番暑いと発し、不快指数は急上昇する。
 フォーマルに身を包むはずの始業式後にも関わらず、白いポロシャツ姿。学級日誌を団扇にぺこぺこ扇ぐ男が、このクラスの担任である。風に乗ってむさ苦しい男の香り――加齢臭とも呼ぶ――が教室に充満し、いろいろな指数が乱高下する。不快指数はストップ高で、教師への信頼は紙屑同然まで落ちていく。
 大半の生徒は「何この人」とでも言いたげな瞳でクサい男汁をまき散らす輩を睨み付けていたが、そんな光景を見慣れてしまったのがクラスの四分の一にあたる去年からの引き継ぎ組である。こいつらは今の俺と全く同じような顔で教員を見ていた。
 もう諦めた、という表情で。

「じゃあ適当に委員会分担でも決めてくれ」

 そう言い残した担当教諭は机に腰を下ろし、腕組みをして頭を垂れ、寝た。放任主義もここまで行くと単なる怠慢である。
 去年もクラス委員を担当した利発そうな青年が壇上に上がる。眠った男を一瞥し、委員会の名前を一つずつ黒板に書いていく。チョークの音が響き、30人強の教室が静けさに包まれる。周りも皆やる気がない。高校二年ともなれば、余程の事でないと彼らの心を動かすことなどできないのだ。

「あ、忘れてた!」

 ステンレス製の机をぐわんと鳴らし、淡々とした板書の音が止まる。
 往生際の悪い頭頂部の髪の毛がふわりと揺れた。

「当ててみろ咲宮!」

 だから何でそんなに俺に振る。お笑い芸人じゃないんだから蹴っても揺すっても面白い答えなんて出ないぞ。
 しかし当てられたからにはボケなければなるまい。
 やる気ゼロの頭を適当にかき混ぜながら、未婚のバツ無しアラフォー男性が一番欲しがるであろうモノを考えてみる。

「カノジョができたとか?」
「人の心配する前に自分の心配しろ」

 お前に言われたくはない。何だその寒い目は。せっかくボケたのに。
 教員は軽い失笑を咳で流し、「気を取り直して」と付け加える。

「実は転校生が来る!」

 静かな教室から声が漏れ出す。
 転校生。なかなか春らしいワードだ。こういう類のイベントには巡り会ったことがない。
 小学生の頃から地元での生活を続けていた。近所にはしっかり幼馴染みも居るし、そいつとは未だに登下校で一緒になる。土地に根を張っているために転校生を迎える立場にはあったが、悲しいかな俺のクラスにニューカマーがやってくることは無かった。

「さぁ、男か女か!」

 教員が楽しそうにまくし立てた。一部の女子が浮き足立ち、数人の男子がこそこそと話を始める。
 みんなそれなりに興味があるんだな。確かに、この時期の学生なら転校生の性別に一喜一憂し、イケメンだの美少女だの勝手に脳内で想像してはまだ見ぬ出会いに夢を見るだろう。少なくとも俺にはそのような希望はない。どうせやってくるのは冴えない男か大して可愛くもない女なのだ。夢を見すぎるな若者共。

「当ててみろ咲宮!」

 指さし言われる。何故二度も。
 はぁと溜息をつき、とりあえず男と答えておいた。

「ブブーハズレ!」

 ハゲ教師は、チンパンジーのおもちゃのように手をパンパン叩きながら、大喜びする。
 男・猪股宗二、御歳41歳。前厄。
 この男、大変大人げない。

 しかし、女だと分かってからの教室はヒートアップした。春先とは思えない程のうだるような暑さに加え、野郎共の暑苦しい期待が一気に吹きだしたのだ。途端に重低音が響く。うら若き女性達の声を黄色い声と表現する事に対比すれば、どす黒くて薄汚れた黄土色の野太い声とでも呼べるのだろうか。さながら野獣の咆哮である。
 そして男達の妄想が爆発した。こちらは音も聞こえぬ静かな理性の爆発である。悲しい程にモテの欠片も無いむさ苦しい男に転校生美少女が告白している。野郎共の脳内で。次の瞬間には脱がされ、一糸纏わぬその姿をさらけ出しているのだ。もちろん、野郎共の脳内で。
 ヤりたい盛りのオトコノコは極めて分かりやすい下半身直結思考回路を持つ。
 一方の俺はそんなことすらどうでもいい。

「なんとイギリス人だ!」

 急に大きくなるざわめき。イギリス人の女がこの学校のこのクラスにやってくる。
 途端に女子生徒の声まで混じる。喩えるならば、『ドキッ☆オトコだらけのガチムチアイランド! ポロリもあるよ』に、黄色い雌猿がやって来たような騒音。この小さな教室の中に動物園を押し込めたかのような喚声、嬌声、蛮声。
 周りの喧噪を受けながら、俺は呆然と座っていた。人生初転校生がイギリス人になろうなどとは全く予想だにしなかったのだ。

 独断と偏見から、転校してきた少女を夢想する。
 外国人、とみに欧米人というステレオタイプに従って想起される『わがままおっぱい』というワード。たゆんと垂れた豊満な放物線にそぐわない、ぽっちと付いたかわいらしい突起。色は薄紅色以外認めない。黒が良いだと? よろしいならば戦争だ。アジア人のコンプレックスと煩悩を刺激する金髪は、ふわふわと猫っ毛のようで、芯が太い。まるで地中海が穏やかに波打つような天然パーマは天然記念物として認定されるべき希少さだ。それどころかワシントン条約レッドデータに記載して、声高に保護を叫びたくなる。トルコ石、ラピスラズリ、アクアマリン、サファイア。世界中に満ちあふれる宝石なんぞでは表現する事すら烏滸がましい、蒼く澄んだ瞳。そう、それはまるで美しく青きドナウ。欧州を柔らかに流れる大河のような双眸。そして、控えめなアジア人を出し抜く高身長は、俺たちよりも少し遠くを見ることができる。視野が広くて活発。社交性に富み、かわいらしさの中に妖艶で淫美な雰囲気も内包する。
 瞬時に脳内に展開されたのは、全身ありとあらゆる所にセックスシンボルを飾り付けた美少女。
 早い話が金髪爆乳蒼眼美女。
 プレイメイトだろそれは! というツッコミはさておいて。

「さぁ、それでは期待の新人に登場いただこう」

 「入れ」という声がし、一同が固唾を飲んで教室の扉を見つめた。先ほどの喧噪が嘘のように静まりかえる。
 立て付けの悪い扉なので、引き戸がうまく開かない。少し開いたり、締まったりを繰り返している。寄せては返す波のように、焦らしつつもゆっくりとドアが開いていく。

 ガタガタ震える扉の音と共に、背筋を襲う寒気。心は早鐘を打ち鳴らし、未知との遭遇に警鐘を鳴らしている。理由は全く分からないが、脳が恐怖を感じているのだろう。虫の知らせとはまさにこの事か。嫌な予感を百倍濃縮した悪寒が全身を駆け巡った。

 人は、いずれその人生を狂わせるような出逢いをするらしい。
 ある人はそれを愛と言い、また憎しみとも呼ぶ。
 
 小中学生時代は一般人として平凡に過ごし、俺が高校に入学した途端両親は離婚した。今にして思えば両親は元々不仲だった。夫婦喧嘩のシーンはついぞ見なかったが、それは本当に仲が悪かったからだ。言葉も交わしたくない者同士が喧嘩にはならない。夫婦の間で不戦協定が取り交わされていたのかもしれないが、今となっては知る術はなかった。
 我が両親は昨今の熟年離婚ブームの波に乗り、不動産屋から買い上げたマンションと俺の三年分の学費だけ残して蒸発した。何の告知もない見事なまでの一家離散だった。冷蔵庫・机・布団に至るまで、家財道具は余すところ無く持ち出されていた。借金の形に差し押さえられたかと疑ったが、家具や日用品は所有権を明確にして持って行ってしまったに違いない。何せあの両親の事だ。そして、夫婦のどちらからも所有権を主張されなかった俺だけはご丁寧にも残されていた。親権が父母のどちらにあるのか、未だに俺は知らない。ただ「お前の生活など知ったことか」というメッセージは、残された物――衣類・教科書・プレステ2。以上――から伺えた。貰ったお年玉を貯金していなかったら、と思うと今考えても恐ろしい。
 みんな、貯金はしとこうな。
 
 別に両親に会いたいとは思わない。自分を捨てたことが許せないとかではなく、単純にどうでもいいのだ。
 俺の人生は惰性だ。大して仲も良くない男女がしでかした一夜の『あやまち』を、これから数十年掛けて後始末しなければならない。俺が生きているのは、しっぽりヤった両親の尻ぬぐいをしている最中だからだ。俺が生まれたのは俺の責任じゃない。生まれてこなくても誰も損しない。むしろ両親は喜んだだろう。お互い身を固めずに済んだのだからな。しかしながら、自分を否定して死ぬのは怖い。
 だからこそ、この大いなる尻ぬぐい人生を送っている。なんと甲斐甲斐しい親孝行者だ。感謝して欲しいくらいだ。

 そんなどうでもいい人生がたった一人の人間に出逢っただけで、狂うような事はない。
 ――そう思っていた。

 扉が勢いよく開き、衝突音が教室に響く。扉にはめ込まれた硝子がよく割れなかったものだと安堵する。
 ようやっと開いた扉から教室に入る少女の姿が、教室中全員の目に映る。

 彼女の姿を想像できた者が何人居ただろうか。俺の予想は、ドアを通過した頭の高さの時点でぶち破られた。

 妄想したプレイメイト像は全力で否定された。かなりチビっちゃい。胸も見事につるぺったんだ。
 しかし横顔だけで見ても整った顔立ちに加え、さらりとなびいた自然なクセっ毛の金髪が教室に明るい光をもたらす。白磁のように白い肌は、外に咲いた桜色の光を受けて透き通るように光っている。
 彼女は、十二分に美少女だ。金髪爆乳という淡い妄想さえ抱かなければだが。

 ……あの女、今一瞬ムッとしたけど気のせいだよな。
 心なんて読めるわけないだろうし。

「じゃあ自己紹介頼む。……って英語で言わないとダメか?」

 と日本語で尋ねる教員は、言わずもがなで体育教師である。分かりやすいね。

「あのー、みなさん。はじめまして」

 随分流暢な日本語だなオイ。本当にイギリス人か。顔をまじまじと見る。周りを見る余裕は無いが、恐らく全員同じ顔して彼女を見ている。
 薄桃色に染まった頬は緊張しているからなのか、恥ずかしいからかは分からない。しかしその姿だけ見ればかわいらしい女の子だ。それこそこのクラスの MBP(Most Beautiful Person)が日を待たずに決まるほどである。2-A美少女ランキング一位獲得おめでとうございます、転校生さん。
 このクラスの女共が束になってかかっても、彼女を超えることは出来ないだろう。
 俺は魅入られた。恐らく周りも同じく、転校生のイギリス人から目が離せない。各々の視線をブラックホールもかくやといわん力で吸い込み、視線を外すことなどできないのだ。
 突き刺さる幾本もの視線を受けながら、彼女はたった一人の視線を選ぶ。蒼いドナウの双眸が見開かれ、俺を見た。
 彼女と目が合った。見つめ合っていた。
 他の誰でもない。間違いなく俺だと断言できる。自意識過剰かとも思ったが、彼女は明らかに俺を見ていた。そんな気がした。

「ウェールズからやって来ました。メリッサ・フィルワールといいます」

 ぺこりと頭を下げ、「よろしくお願いします」とこれまたご丁寧に仰る。公共放送のアナウンサーのように美しいイントネーション。自然と耳に入る柔らかな声も、彼女の美少女然とした姿を際立たせている。礼節もよく弁えていらっしゃる。神に愛され、両親に愛され、万人に愛される星の下にある少女だと一目で分かるその魅力。俺なんかとは住む世界も見てきたモノも違う、絶世の存在だ。貧困な発想が、美少女=お金持ちの図式を組み上げる。きっと彼女の家系はウェールズの名家に違いない。フィルワール家のメリッサお嬢様か。

 完璧な挨拶をやってのけたメリッサ嬢は、お辞儀した後どうするか考えていなかったようだった。いやーかわいらしいね。

「えと、あの……。……終わりました」

 教員は綺麗な日本語に驚いていたが、すぐに胸くそ悪いスマイルを彼女に向ける。そのゴキブリを潰した後の新聞紙みたいな笑顔でメリッサ嬢の体調が悪くなったらどうするつもりだ。

「ほら、何か無いのか? 特徴とか」

 一同身を乗り出す。メリッサ嬢は学校のヒロインとなり得る当代きっての逸材だ。他クラス他学年の生徒達に『同じクラス』という絶大なアドバンテージを得ることができるとあって、男も女も皆メリッサ嬢をのぞき込む。
 やめろやめろ、お前らとは住む世界が違うんだ。メリッサお嬢様の高尚なご趣味を伺っても接点が生まれるなんてことは万に一つもあり得ない。お近づきになりたいという気持ちは分かるが、所詮俺たちはモブキャラだ。俺たちみたいな薄汚い雑魚は、メリッサ嬢の世界の片隅でうずくまる路傍の石としてすら存在できないんだ。諦めようぜ。

「実は皆さんとすこし変わってるところがありまして」

 俺の心を知ってか知らずか、メリッサ嬢は続ける。勿体付ける間の取り方はいじらしいほどにお見事だ。白磁のお顔を少しばかり赤らめ、自分にしかない秘密をクラスの連中に向けて話すべきか逡巡しているのだろう。

「実は私……」

 教室中の生徒達が耳を彼女に向けた。我先に、メリッサ嬢の秘密を知るためだ。生唾を呑み込む音が隣から聞こえる。衣服の擦れる音が後ろから聞こえる。授業中よりも集中した生徒達が見ている場所には、謎のイギリス人転校生が一人。

 ――聞かなきゃ良かったと思う事がこの世界にはいっぱいある。
 どうして聞いてしまったのだろう、どうして彼女を受け入れてしまったのだろうと後悔してももう遅い。
 時は既に動き出していた。俺の平凡な尻ぬぐい人生は、一人の少女の手中に握られていた。

「実は私、魔法使いなんです!」
 時間が止まる。それはもう長く、長く。誰かの腕時計がカチカチと時を刻むも、体感時間は止まっている。
 動くのは下あごだけ。全員があんぐりと口を開き、メリッサ嬢を見つめた。

 一瞬聞き間違えたかと思った。だが確かに『魔法使い』と聞こえた。
 魔法使いとはあれか。ゲームやおとぎ話に登場するあれか。炎や雷を操って敵を攻撃したり、物を浮かせたり、箒に乗って空を飛んだりするあれの事か。
 魔法。その素っ頓狂な響きが美少女の口から漏れだしたのだ。

 無意識のうちに反らしていた視線を、メリッサ嬢へ向ける。
 カノジョはてへりと悪戯っぽく笑っていた。


   カノジョはまじかる仮免許

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